大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)3448号 判決 1967年2月28日
広島県高田郡吉田町字桂六四番地
原告 中増義文
大阪市北区南扇町七大阪市水道局内
被告 大阪市
右代表者大阪市水道局長 長谷川寛一
右指定代理人 平敷亮一
<ほか三名>
右当事者間の給水廃止請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、
「一、被告は、原告所有の大阪市東淀川区西中島町八丁目一五六番地宅地一、一一六・五三平方メートル地上に居住する別紙第一目録記載の者および同所一五七番地宅地三、二九二・五六平方メートル地上に居住する別紙第二目録記載の者に給水する大阪市東淀川区西中島町八丁目一五〇番地西南地先の大阪市立第十三中学校分校西南側道路敷中央部地点の地下に設備した分水栓と、右原告所有宅地二筆内へ通ずる給水管二本とをその接続部分において分離し、右分水栓を封鎖して、別紙第一、第二目録記載の者への給水を廃止せよ。
二、被告は、原告が前記一五六番地および一五七番地上に建物を所有して被告に給水申込みをする場合を除き、右二筆の宅地を不法占拠して被告に給水申込みをした者に対して給水してはならない。
三、被告は原告に対し、別紙第三目録記載の金員を支払え。
四、訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
一、大阪市東淀川区西中島町八丁目一五六番地宅地一、一一六・五三平方メートルおよび同所一五七番地宅地三、二九二・五六平方メートル(以下本件土地という。)は原告の所有である。
昭和三五年七月頃から順次、本件土地のうち一五六番地の上に別紙第一目録記載の者らが、一五七番地の上に別紙第二目録記載の者らが、何らの権限もないのにそれぞれ建物を建築所有してこれに居住し(ただし、第二目録の9、10に記載の古味勝守と丸山政巳は、何らの権限もないのに右地上に建物を建築所有する杉本静子および金成五の所有建物にそれぞれ居住し)、それぞれその敷地を占有して故意に原告の所有権を侵害している。ところが被告は、別紙第一、第二目録記載の者(以下居住者という。)が本件土地を不法に占有しているものであることを知りながらこれらの者と共謀して、あるいは過失により右不法占有の事実を知らずして、居住者に上水道水を供給するため、大阪市立十三中学校分校西南側道路敷の地下に埋設した配水管に分水栓を取つけ、その分水栓に被告所有の給水管を接続させて水路を分岐させ、右給水管を本件土地の地下に埋設して、本件土地を不法に占有し原告の所有権を侵害するとともに、居住者らに給水して居住者らの前記不法占有継続を容易にさせている。
二、かりに右給水管が被告の所有でなく居住者らの所有であるとしても、被告は、右給水管の中に被告所有の上水道水を通水させることにより、本件土地を不法に占有し、かつ居住者らに給水して居住者らの不法占有継続を容易にさせているものである。
三、また、本件土地は、大阪市都市計画施行区域内にあって、昭和三六年三月一六日被告を施行者とする新大阪駅周辺土地区画整理事業の施行区域に含まれ、新大阪駅前通りとして区画整理される予定の土地である。したがって、都市計画法、同法施行令、土地区画整理法により、換地処分のあるまでは何人も本件土地上に建築物等を築造できないものである。しかるに、居住者らは右法令に違反して本件土地上に建物を築造したものであり、またその建物は建築基準法に違反する建物でもあるから、居住者らから給水の申込みを受けた被告としては、右法令の趣旨にのっとりその申込みを拒絶すべき義務があるのにかかわらず、あえて建築物と同視される給水装置(建築基準法二条一号三号)を本件土地に埋設して、前記法令に違反する行為をし、その結果居住者らと共同して原告の本件土地所有権を侵害しているものである。この点からも、被告は不法行為責任を免れることができない。
四、被告は、被告の給水行為は水道法一五条にもとづく正当行為であると主張するが、同条は、他人の所有地に無断で給水設備を設置し給水することまで許す趣旨ではない。本件土地を不法占拠している居住者からの給水申込みに対しては、被告は同条三項によりこれを拒絶すべきものである。
五、以上述べた被告の不法行為によって原告が本件土地につきその使用収益を妨げられている面積は、給水口一口につき六・六一平方メートルの割合である。したがって原告は、被告の不法行為により、本件土地のうち右割合による面積部分につき適正地代額に相当する損害をこうむっているものであるところ、本件土地内に設置された給水口の数は、被告が給水を開始した昭和三八年三月一日から同年四月三〇日までは二一口、同年五月一日から同年七月三一日までは二七口、同年八月一日から同年九月三〇日までは三九口、同年一〇月一日以降は四〇口であり、本件土地の三・三〇平方メートル当りの適正地代月額相当額は、昭和三八年三月一日から同年一二月三一日までは一、〇五二円、昭和三九年一月一日から同年一二月三一日までは一、二八二円、昭和四〇年一月一日以降は一、五〇二円である。右数値によって原告のこうむった損害額を算定すると、別紙第三目録のとおりとなる。
六、よって原告は被告に対し、本件土地の所有権にもとづきその妨害を排除するため請求の趣旨一、二項記載の請求をし、かつ右損害金と、その毎月ごとの金員に対する当該月の翌月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、認否として次のとおり述べた。
一、本件土地が原告の所有であること、被告が、本件土地上に居住する別紙第一目録記載の1ないし7、第二目録記載の1ないし7、同9ないし20の者に給水していることは認める。分水栓から末端までの本件土地内に布設してある給水管が被告の所有であること、被告が居住者らと共同して本件土地を占有し原告の所有権を侵害していることは否認する。その他の事実は知らない。
二、被告は、訴外時本曠嗣外五名の者からの給水装置工事の申込みおよび右五名の申込者が工事を施行するための許可願に対して、大阪市水道事業給水条例一二条の規定にもとづき許可をしたにすぎないのであって、分水栓と、それから末端に至るまでの給水管は申込者らの所有である。また被告所有の配水管から、申込者ら所有の分水栓をへて給水管に供給された水は、もはや被告の支配圏外にあるのであって、被告の所有物ではない。したがって、被告は本件土地を占有するものではない。
被告が前記給水管を通して居住者らに水を供給しているのは、水道法一五条の給水義務にもとづく正当行為である。すなわち、水道水は、国民の日常生活に直結しその健康をまもるために絶対不可欠なものであるから、水道法一五条は、水道事業者に対し需用者から給水契約の申込みを受けたときには、正当な事由のない限りこれに応じなければならない義務を課しているのであり、そこにいう正当な事由とは、配水管がまだ布設されていない区域である場合、正常な企業努力をしているにもかかわらず給水量が著るしく不足している場合、特殊な地形等のため給水が技術上著るしく困難な場合等である。原告の主張するような事由は給水を拒否する正当な事由にあたらない。
証拠 ≪省略≫
理由
一、本件土地が原告の所有であること、被告が、本件土地上に居住する別紙第一目録記載の1ないし7、第二目録記載の1ないし7、同9ないし20の者に給水していることは、当事者間に争いがない。
二、水道局受付印の成立について当事者間に争いがなく、その他の部分について証人安田正光の証言により真正に成立したことが認められる乙第一、二号証の各一、同証言により大阪市水道局係員が作成した本件土地関係の給水布設図であることが認められる乙第一一号証、水道局受付印の成立について当事者間に争いがなく、その他の部分について、第三者の作成にかかるものであり、その形態・内容等から真正に成立したものと認めることのできる乙第六ないし第一〇号証の各一、証人安田正光の証言によると、昭和三八年二月から同年七月までの間に、訴外時本曠嗣ほか五名が、それぞれ本件土地に給水装置を設置するため、大阪市水道局長に対し、給水工事の申込みをし(以下、右五名を工事申込者という。)、大阪市水道事業給水条例第一二条により、水道工事公認業者である訴外三光工業株式会社および訴外安岡保温工業株式会社に右工事を請負わせ、右両会社が水道局長の許可をえて、本件土地居住者に給水するための給水管その他の給水装置を布設したものであることが認められる。そして、≪証拠省略≫および前記給水条例によると、被告所有の配水管に取付けられる分水栓から末端の給水栓に至る給水管その他の給水装置(量水器((メーター))を入れる容器を含む)は、量水器本体を除きすべて工事申込者または水道利用者の所有であって、量水器本体のみが被告の所有であり、被告はこれを工事申込者または水道利用者に貸与しているものであることが認められる。
したがって、被告が本件土地上に給水管を所有して本件土地を占有しているとの原告の主張は失当であり、また量水器は、給水管その他の給水装置と一体をなすものであって、量水器を入れる容器を含め給水装置が前認定のとおり被告の所有でない以上、量水器本体が被告の所有であるからといって、被告が量水器本体の設置してある部分の土地を占有しているものとは、社会通念上認めがたい。
三、原告は、被告が右給水装置に被告所有の水道水を通水させることにより、本件土地を占有していると主張するが、たとえ分水栓を経て給水管に流入した水が被告の所有であるとしても、給水装置と切離して水の供給自体によって土地を占有しているものとは社会通念上認められないものというべきである。したがって、給水装置が被告の所有でない以上、その中の水が被告の所有であっても、その水により被告が本件土地を占有しているということはできない。
四、次に原告は、被告が本件土地を不法占拠している居住者らに水道水を供給して、居住者らの不法占有継続を容易ならしめているのは、被告と居住者らとの共同不法行為であると主張するが、この主張も失当である。すなわち、居住者らが本件土地を不法に占拠しているものであるとしても、その者らから給水契約の申込みを受けた場合、被告は水道法第一五条により給水しなければならない義務を負わされているのである。水道法は、清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もって公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与すること等を目的とする(同法第一条)給付行政に関する法規である。同法第一五条にいう給水を拒否できる正当な理由が何であるかも、前記公共目的にのみしたがって解釈されるべきものであって、たとえ給水申込者がその占有する土地につき土地所有者に対する関係で正当な占有権原を有しないとしても、それは、給水申込者と土地所有者との間の私法上の法律関係の紛争として処理されるべきものであり局外者である水道事業者がそれを理由に給水を中止して拒むことは許されない。被告が居住者らに給水することは正当な業務行為であって、何ら違法性を有しないものである。
五、≪証拠省略≫によると、本件土地は、大阪市都市計画施行区域内にあって、同計画による新大阪駅周辺土地区画整理事業施行区域に含まれていることが認められる。そして、本件土地が原告の主張するとおり、右事業計画において、道路予定地とされているものであれば、何人も大阪府知事の許可を受けないで本件土地上に工作物を設置できないものである(都市計画法第一一条、第一六条一項、同法施行令第一一条)。したがって居住者らが大阪府知事の許可を受けないで本件土地上に建築物を築造したものであれば、それは右法条に違反する行為である。
しかしながら、給水申込者が右法令の違反を犯しているものであっても、水道事業者は、そのことを理由に給水申込みを拒絶することは許されない。都市計画法等の法令の企図する行政目的と、水道法の企図する行政目的とは全く別個のものであり、水道法一五条にいう給水を拒否できる正当な理由とは、前項に述べたように、もっぱら水道法自体の有する行政目的に従ってのみ判断されるべきもので、たとえ両法令の実施主体が同一であるからといって、一方の手段をもって他方の目的を達しようとすることは許されないところである。この理は、給水申込者が建築基準法に違反する建築物の所有者である場合にも、また同様である。したがって、被告が居住者らに給水することは正当な業務行為である。
なお原告は、被告が給水装置(建築基準法二条一号、三号により建築物に含まれる)を本件土地に埋設して、自ら前記都市計画法等の法令違反を犯していると主張するが、本件土地内に存する給水装置が被告の所有でないことさきに述べたとおりである。また被告がその所有の前記メーターを居住者に貸与しているからといって右法令に違反するということはできない。原告の右主張は理由がない。
六、別紙第二目録記載8の原辺元寛こと辺元寛および21の星宗謂甲こと裵謂甲に対して被告が給水していることを認めるに足りる証拠はないが、かりに右事実があるとしても、それを前提とする原告の各主張に対する判断は、以上述べたところと同一である。
七、以上のとおりであるから、被告が原告の本件土地所有権を妨害していることおよび被告に不法行為責任があることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくすべて失当である。よってこれを棄却することとし、民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山内敏彦 裁判官 高橋欣一 裁判官 高升五十雄)